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プロフィール

海上撮影家

Author:海上撮影家
1995年から上海に関わってます。
2003年に上海に事務所を移転。現在、上海751文化研究所に所属しており、日本と中国の広告撮影及び日本の雑誌の仕事が中心です。
また、751文化研究所は海外からロケで来る人達の為のスタジオ及びストロボ機材のレンタル窓口でもあります。

日本からの撮影依頼も受け付けておりますので気軽にどうぞ。
連絡先は、この中のリンクから私のHPへ入り「Contact」からメールを送る事ができます。
        海原修平 Kaihara Shuhei

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ドアで作られた家 上海 


kaihara03a.jpg

上海で古い家を解体する場合、解体に従事する人達が廃材で家を建てて住む場合がある。何度か、その中に入ってお茶を飲んだ事があるが、生活用品が何でもそろっているのに驚いた。
その家の中は、立ち退いた人が残していった茶碗や鍋など使える物はすべて利用し、テレビなどの家電もある。

彼らは、外の水道で野菜を洗い飯を電気釜で炊き洗濯は洗濯板を使い生活していて子供連れの親子も珍しくない。
そして、解体が終わると廃材や金属類を売り払いまた他の場所で同じ事を繰り返すのだ。
ほとんどが、地方からの出稼ぎで来ている人達だが実にたくましい。

彼ら農民工が居なかったら今の上海のビル群は無い。都市に住む若者はひ弱でプライドだけ高く何もできない人(おもに男)が多過ぎるのは日本と同じかもしれない。

日本から来る若者(男)も上や誰かから指示されるのを待っている人が多いように思う。話をしても自分を出さないので何をしたくて何を考えているのかさっぱりわからない。
奥ゆかしくてやさしい事はけっして悪い事ではない。日本独自の文化でもありすばらしい事だが、海外に出た場合はまったく通用しない。

白か黒かの間に少しグレーがあるのが外の世界だが、日本の場合はグレーが多過ぎて何事も曖昧過ぎるのだ。
長い間経済大国と言われてきた日本だが、外に出て対等に渡り合える若い人材が育っていないのでは将来の日本が見えてこない。

「石橋を叩いて渡る」という良い言葉があるが、日本人は同じ場所ばかり叩くので、そこにヒビが入る。それを見て石橋を叩いて渡ろうと思っている人が渡らなくなってしまう。
今は、ヒビが入った石橋をどう渡れば落ちないかを考える日本人が少ないのかもしれない。
今の日本全体が、そんな風に見えてならない。

若者達は、積極的に外に出よう。そして、今自分が住んでいる日本と比べてみる事が大事だ。(でも旗を持った人についてゆく旅ではまったく意味がないが・・・)

2009年撮影 ドアは、塀にも家の壁にも使える貴重な廃材だ。 
黄陂南路x建国西路  上海の事務所から歩いて1分の場所
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